昭和46年04月09日 夜の御理解
福岡の古谷さんが、久しぶりに奥さんのほうが参ってみえて、今度、息子さんが、東京の慶応大学に入学される事になった。それで、あちらの下宿の事で、何か福岡県の何か寮があるんだそうですけれども。仕事が建築事務所といったような事で、収入が沢山あるところは、自分で下宿探してくれといったような事らしいんですよね。それで、断られた。それで息子さんは、あちらの、東京の親戚の方に行っとりますけれども。そういう事、お届けありましたから。
私、昨日、お道の新聞がまいりましたのに、金光教の学生寮というのが東京にあります。そこのところが、あの、若干名、その、まぁだ、入れても良いという様な事が、これに、ちょっと広告が出てましたんですから、それで私、東京に、至急連絡をするようにと、これに書いてありましたから、すぐに電話を、ここから、かけて御覧なさいと申しましたら、一名だけあったち言うんです。
もう早速お願いさせて頂いた。もう福岡県の方の何かですけれども、まあ安くして頂いて、お食事から部屋代から、一万五千円くらい払わんならんそうですけれども。東京の金光教の学生寮は八千円で良いそうですね。しかもそれはもう立派な設備がしてある事には違いないけれどもね。環境も、みんな、信心のあるところの師弟ばかりですからよし。本当に、そういうおかげを頂いてみてね、私は思うのですけれども。
本当に私共が知らんなかに、神様がお働き下さってあるという事。断られたという事もおかげなら、今日お参りさせて頂いたという事もやはりおかげ。でその事の為ではなかったのですけれどもね、実際の今日のお参りは。けれどもまあ偶然偶然じゃない、おかげでしょうけれど、そう言う様な送り合わせを頂かれましたがね。一つのお繰り合わせの中にも、神様の色々な手の込んだお働きがあっておるのですから。
その時点時点で、神様のご都合に違いはない、おかげを頂いてという風な頂き方をさして貰わなければならんのですけれども。それこそまぁ片手落ちだと言った様な考え方をね、福岡の寮に入れられなかったという事が思われとったですけれども、却って有り難いおかげになって行くですね。神様はいつもそういう働き、そういうおかげの中に、私共があるという事を、改めて感じさせて頂くわけですね。
どうぞ。